日本で最初にオクラが栽培されたことを示している:本草寫生
- JBC
- 2024年4月16日
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更新日:1月30日
本草寫生は、貴志忠美が駿府(現在の静岡市)で記した写生帳であり、日本の植物学史において重要な資料です。この写生帳には、以下のような特徴と歴史的意義があります。
内容と特徴
本草寫生には、当時珍しかった植物の観察記録が含まれています。特に注目すべき点は、オクラの栽培に関する記述です。写生帳には「安政元年(1854年)に江戸から送られてきた魯西亜豆(おろしやまめ)を蒔いたら、トロロアオイに似た花が咲き、トウガラシのような実が成った」という記録があります。
歴史的意義
オクラの日本初栽培記録
この記述は、日本で最初にオクラが栽培されたことを示す貴重な証拠となっています。
植物学的価値
本草寫生は、19世紀半ばの日本における植物観察と記録の方法を示す重要な資料です。
文化交流の証
「魯西亜豆」という名称は、この植物が海外から伝来したことを示唆しており、当時の日本と外国との文化交流の一端を垣間見ることができます。
時代背景
本草寫生が作成された安政元年(1854年)は、日本が長い鎖国政策を終え、開国へと向かう転換期でした。この時期に外国から新しい植物が導入され、観察・記録されたことは、日本の植物学や農業の発展に大きな影響を与えたと考えられます。
本草寫生は、単なる植物の記録にとどまらず、日本の近代化の黎明期における科学的観察の萌芽を示す貴重な歴史的資料といえるでしょう。
[貴志]忠美 [著]『本草寫生』,[江戸後期] [写]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2537041