シーボルトの日本植物誌: その内容、出版の経緯、そして日本の植物学への影響
- JBC
- 2023年8月5日
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更新日:1月12日
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトは、19世紀に日本に滞在したドイツ人医師であり、博物学者でもありました。彼は日本の文化、社会、自然に深い関心を持ち、その研究成果は多岐にわたります。特に、日本の植物相を西洋に紹介した彼の功績は大きく、その代表的なものが『日本植物誌』(Flora Japonica)です。本稿では、シーボルトの日本植物誌の内容、出版の経緯、そして日本の植物学に与えた影響について詳細に考察します。
シーボルトの日本植物誌の内容
シーボルトの『日本植物誌』は、日本の植物を網羅的に紹介する学術書であり、西洋に日本の植物相を初めて本格的に紹介したという点で画期的な作品です 。 多くの植物が初めて西洋に紹介され、その学名もシーボルトによって命名されました。 しかし、日本の植物相に関する研究はシーボルト以前にも行われており 、ゲオルグ・マイスターによる17世紀末の『東洋の園芸師』や、エンゲルベルト・ケンペル、カール・ツンベルクらの研究などが挙げられます。
本書は、詳細な植物の記載に加え、川原慶賀をはじめとする日本人絵師による美しい植物画が多数収録されており 、学術的価値だけでなく、美術的価値も非常に高い作品です。シーボルトは、日本滞在中に精力的に植物を収集し、その数は1万点を超えるといわれています 。これらの植物は、標本としてヨーロッパに送られ、植物学研究の貴重な資料となりました。 『日本植物誌』には、これらの標本に基づいた植物の記載が掲載されています。
『日本植物誌』の内容は、大きく分けて以下の3つの部分から構成されています 。
本文:ミュンヘン大学の植物学教授ツッカリーニが分類学的所見をラテン語で記述しています。長文の記載の後は、当該植物の分布、生育地、開花期、結実期が簡素に提示され、さらに図版の説明が続く 。その後に補足などが記される場合もあります。
覚書:シーボルト自身がフランス語で、植物の自生地、分布、栽培状況、日本名、利用法などを記述しています 。覚書は、シーボルトが収集した見聞や文献に基づいて書かれており、化政年間を中心とした民俗植物学、植物資源学の重要な資料となっています 。
図版:川原慶賀などの日本人絵師が描いた植物画をリトグラフ印刷で再現したものです 。
『日本植物誌』の特徴として、学術的な記述に加え、覚書に日本の植物の文化的側面、特に当時の植物利用に関する情報が記載されている点が挙げられます 。 ラテン語の植物学的な解説とフランス語の覚書という組み合わせは、西洋の植物学に日本の文化的な視点を導入した点で、当時としては非常にユニークなものでした。
『日本植物誌』に収録された植物
『日本植物誌』には、多種多様な日本の植物が収録されています。その一部を以下に示します 。
和名 | 図版番号 | 本文ページ | 記載の学名 | 現在の学名 |
アカマツ | 112 | v.2, p.22 | Pinus densiflora Sieb. et Zucc. | Pinus densiflora Sieb. et Zucc. |
アジサイ | 52 | v.1, p.105 | Hydrangea Otaksa Sieb. et Zucc. | Hydrangea macrophylla (Thunb. ex Murray) Ser. f. macrophylla |
イチョウ | 136 | v.2, p.73 | Ginkgo biloba L. | Ginkgo biloba L. |
ウメ | 11 | v.1, p.29 | Prunus mume Sieb. et Zucc. | Prunus mume Sieb. et Zucc. |
オキナグサ | 4 | v.1, p.14 | Anemone cernua Thunb. ex Murray | Pulsatilla cernua (Thunb. ex Murray) K. Spreng |
カノコユリ | 12 | v.1, p.31 | Lilium speciosum Thunb. α. Kaempferi Sieb. et Zucc. | Lilium speciosum Thunb. f. speciosum |
キリ | 10 | v.1, p.27 | Paulownia imperials Sieb. et Zucc. | Paulownia tomentosa (Thunb. ex Murray) Steud. |
サザンカ | 83 | v.1, p.158 | Camellia sasanqua Thunb. | Camellia sasanqua Thunb. ex Murray |
植物の特徴
『日本植物誌』に収録された植物の特徴としては、ヨーロッパの植物相とは異なる点が挙げられます 。ヨーロッパの植物と比較して、日本の植物は多様性に富んでおり、固有種も多いことが特徴です。
植物の分布
シーボルトは、日本各地で植物を収集しました。彼の活動範囲は、長崎の出島から、江戸、そして蝦夷地まで及んでいます 。 『日本植物誌』には、これらの地域で収集された植物の分布に関する情報が記載されています。
出版の経緯
シーボルトは、1823年から1829年まで日本に滞在し、その間に『日本植物誌』の編纂に着手しました。彼は、日本の植物学者である伊藤圭介や水谷豊文らと協力し、植物の収集、同定、記載を行いました 。 しかし、1828年にシーボルト事件が起こり、彼は国外追放処分を受けます。このため、『日本植物誌』の出版は中断され、シーボルトの没後、1870年にようやく完結しました 。
『日本植物誌』は、分冊形式で出版されました。当初は、各巻に100枚の図版を含む2巻構成で出版される予定でしたが、最終的には全151図が収録されました 。
フォーマットと印刷
『日本植物誌』は、縦59.5×横79cmの大判の紙を半分に切断し、両面に印刷して半分に折ることで本文編が作成されました。図版には本文よりも厚い紙が使用され、透かしが入っています。
日本の植物学への影響
シーボルトの『日本植物誌』は、日本の植物学に大きな影響を与えました。
西洋への紹介:日本の植物相を西洋に紹介する上で極めて重要な役割を果たしました。 多くの植物が初めて西洋に紹介され、その学名もシーボルトによって命名されました。
植物学研究の進展:日本の植物学研究の進展に大きく貢献しました。 彼の収集した標本や文献は、その後の植物学研究の基礎資料となりました。
園芸への影響:日本の植物の園芸的価値を欧州に知らしめました 。 彼は、アジサイやユリなど、多くの日本の植物をヨーロッパに紹介し、園芸植物として普及させました。
日本人学者との協力:シーボルトは、日本の植物学者である伊藤圭介と緊密に協力しました 。伊藤圭介は、シーボルトの植物園で植物の整理や記録を行い、シーボルトが国外追放になった後も、日本の植物研究を続けました。
歴史的背景:ヨーロッパの植物学者による日本植物の研究は、シーボルト以前から行われていました 。 ケンペルやツンベルクらの研究成果は、シーボルトの研究にも影響を与えています。
結論
シーボルトの『日本植物誌』は、日本の植物学史における金字塔であり、その学術的、美術的価値は今も高く評価されています。 本書は、日本の植物相を西洋に紹介するだけでなく、日本の植物学研究の発展にも大きく貢献しました。 さらに、園芸植物の普及にも貢献し、日本の文化を世界に広める役割も果たしました。
特に、『日本植物誌』は、植物学的な記述に加え、覚書に日本の植物の文化的側面を記録した点で、画期的な作品といえます。 シーボルトは、学術的な厳密さと文化的な洞察を組み合わせることで、日本の植物相をより深く理解しようとしました。 このような姿勢は、現代の植物学研究においても重要な示唆を与えてくれます。
シーボルトの業績は、日欧の学術交流史においても重要な意味を持ちます。 彼は、日本の学者と協力し、西洋の学問を日本に伝え、同時に日本の文化を西洋に紹介しました。 彼の活動は、その後の日欧の学術交流に大きな影響を与えました。
福岡県立図書館所蔵 https://adeac.jp/fukuoka-pref-lib/top/topg/theme/top_siebold.html(この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。)
参考
シーボルト編/伊藤圭介・賀来佐之録 「日本植物目録」 について
シーボルト旧蔵「日本植物図譜」|丸善雄松堂のライブラリアン向け情報サイト Library Navigator
日本植物の研究を競った欧米諸国 - 東京大学
第27回人文機構公開講演会・シンポジウム「没後150年 シーボルトが紹介した日本文化」要旨集
長崎市 シーボルトの生涯(しょうがい)
第2部 1. 来日外国人の日本研究 (3) | 江戸時代の日蘭交流 - 国立国会図書館
シーボルト 『NIPPON』 の書誌学研究
シーボルトと彼の日本植物研究 - 東京大学
日本植物誌 Flora Japonica - 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ