服部雪斎:花咲く調べ
- JBC
- 2023年8月13日
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更新日:1月16日

本稿では、江戸時代後期の博物画家、服部雪斎の写生帖「百合花図/椿花図」について解説いたします。雪斎は文化4年(1807年)に生まれ、関根雲停らとともに活躍した博物画家として知られております 。彼の写生帖「百合花図/椿花図」は、日本の植物図譜の中でも優れた作品として知られております。本稿では、雪斎の人物像、生涯、業績に触れながら、写生帖「百合花図/椿花図」の内容、特徴、文化的背景、そして後世への影響について考察いたします。
服部雪斎について
人物像と生涯
服部雪斎は、江戸時代後期の博物画家で、幕末から明治中期にかけて活動しました 。関根雲停らとともに活躍し、博物画の分野で重要な役割を果たしました。彼の作品は写実性が高く、細部まで丁寧に描かれているのが特徴です。
雪斎は江戸で活動していたとされ、当時の江戸は、蘭学の興隆や本草学の流行など、自然科学への関心が高まっていた時代でした。そうした中で、雪斎は写実的な博物画を描き、動植物の姿を正確に記録することに貢献したと考えられます。
業績
雪斎は、多くの博物画を手がけ、動植物の姿を正確に記録しました 。彼の作品は、当時の自然科学の発展に貢献しただけでなく、現代においても貴重な資料として評価されております。特に、写生帖「百合花図/椿花図」は、雪斎の代表作の一つとして知られており、その精緻な描写と芸術性の高さから、高い評価を得ております。
写生帖「百合花図/椿花図」
雪斎の写生帖「百合花図/椿花図」は、百合と椿の花を写実的に描いた植物図譜です。雪斎の観察眼と描写力によって、花々の繊細な美しさが余すところなく表現されております。
制作年代
写生帖「百合花図/椿花図」の正確な制作年代は不明です。しかし、雪斎の活動時期から考えて、幕末から明治中期にかけて制作されたと考えられます。
特徴
写生帖「百合花図/椿花図」の特徴は、その写実性と芸術性の高さにあります。雪斎は、細部まで丁寧に観察し、花々の特徴を正確に捉えております。また、構図や色彩にも工夫を凝らし、絵画としての美しさも追求しております。
百合と椿
百合の種類と象徴性
「百合花図」には、ヤマユリ、ササユリ、テッポウユリなど、日本に自生するユリが描かれています。
ユリは、東洋、西洋を問わず、様々な文化圏で象徴的な意味を持つ花です。日本では、その清楚な姿から、純粋さや高貴さを象徴するものとして、古くから愛されてきました。一方、西洋では、キリスト教の影響もあり、聖母マリアの純潔や復活の象徴として、重要な意味を持つ花となっております 。
椿の種類と象徴性
「椿花図」には、ヤブツバキ、ユキツバキ、ワビスケなど、様々な種類の椿が描かれていると考えられます 。正確な種類を特定するには、さらなる調査が必要でございます。椿は、冬に花を咲かせることから、生命力や強さの象徴とされます。また、その花が落ちる様子から、潔さや武士道精神を連想させることもあります 。
雪斎と文人との交流
雪斎は、絵画だけでなく、文芸にも造詣が深く、多くの文人墨客と交流がありました。特に、十時梅厓や春木南湖といった画家を庇護し、伊勢長島の文化振興に貢献しました 。また、大坂の文人、木村蒹葭堂が困窮した際には、領内で保護し、その交流は雪斎の文人的な教養を高めるのに役立ったと考えられます。
雪斎の画業
雪斎は、花鳥画を得意としておりました。彼の作品は、写実性が高く、細部まで丁寧に描かれているのが特徴です 。特に、南蘋派の影響を受けており、写実的な表現と装飾的な要素を融合させた独自の画風を確立しました 。また、中国趣味を取り入れていたことも特徴の一つです 。
雪斎の他の作品としては、『目八譜』 (武蔵石壽編)や『有用植物図説』(田中芳男・小野職愨編)などが知られております 。これらの作品にも、写生帖「百合花図/椿花図」と同様に、細密な描写と鮮やかな色彩表現が見られ、雪斎の観察眼の鋭さと、対象物を正確に描写しようとする姿勢をよく表しております。
百合花図
『写生帖』百合花図著者 服部雪斎//〔画〕出版社 写し 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1286765
椿花図
『写生帖』椿花図著者 服部雪斎出版社 写し 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1286766