花鳥風月、歌に託す:狩野永敬筆「十二ヶ月花鳥図屏風」
- JBC
- 1月16日
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四季折々の花鳥を精緻に描いた花鳥図は、古来より多くの人々を魅了してきました。本稿は、江戸時代前期に活躍した狩野派の絵師、狩野永敬筆「十二ヶ月花鳥図屏風」を取り上げ、その魅力と文化的背景について考察します。
本屏風は、鎌倉時代の歌人・藤原定家の「詠花鳥和歌各十二首」を題材とし、各月の花と鳥を金地着色の画面に、月順に右から左へ配し連続風景として華麗に描き出しています。藤原定家の和歌は、当時の貴族や大名にとって必須の教養であり、絵画や工芸品のテーマとしてもしばしば用いられました。本論文では、まず狩野永敬の画風と生涯について概観し、次に「十二ヶ月花鳥図屏風」の描写内容を詳細に分析します。さらに、定家の和歌との関連性、そこに込められた象徴性や季節感、当時の文化や社会との関連性を明らかにすることで、本屏風の持つ多層的な意味を読み解き、日本美術史における位置づけを考察します。
狩野永敬とその画風
狩野永敬(1662-1702)は、江戸時代前期に京都で活躍した狩野派の絵師です。狩野山楽を祖とする京狩野家の四代目として、代々受け継がれてきた画法を忠実に守りながらも、独自の画風を確立しました。永敬は、墨線の抑揚を強調した表現を得意とし、力強くも繊細な筆致で花鳥や人物などを生き生きと描写しました。その画風は、弟子の高田敬輔に受け継がれ、後世の京狩野派に大きな影響を与えました。永敬は、有力公家の庇護を受け、多くの作品を制作しました。代表作としては、「花鳥図襖・群仙図襖」、「朝鮮通信使行列図巻」、そして本稿で取り上げる「十二ヶ月花鳥図屏風」などが挙げられます。
「十二ヶ月花鳥図屏風」の描写内容
東京国立博物館に所蔵されている「十二ヶ月花鳥図屏風」は、六曲一双の屏風で、紙本金地着色、各隻の寸法は137.5×363.6cmです。藤原定家の「詠花鳥和歌各十二首」に基づき、各月の花と鳥が、月順に右から左へ各扇に配され、連続風景として絵画化されています。
画面全体に金箔が施され、その上に鮮やかな色彩で花鳥が描かれています。岩や水の流れ、樹木などが巧みに配置され、奥行きのある空間が表現されています。花鳥は写実的に描かれており、特に鳥の羽根や花の細部まで丁寧に描写されています。また、金地の背景に映える花鳥の色彩は、華やかで装飾的な効果を生み出しています。
永敬がこの作品で用いた具体的な絵画技法については、詳細な情報を得ることができませんでした。しかし、鮮やかな色彩や細密な描写から、伝統的な日本画の技法が用いられていることが推察されます。例えば、金地の背景に岩絵具や染料を用いて花鳥を描き、さらに金泥や銀泥で細部を描き込むことで、華やかで重厚感のある表現を実現していると考えられます。
定家の和歌と屏風の表現
藤原定家の「詠花鳥和歌各十二首」は、鎌倉時代前期に詠まれた和歌で、各月の代表的な花と鳥を題材に、自然の美しさや季節の移ろいを歌い込んでいます。この和歌集は、当時の貴族や大名の間で広く愛誦され、絵画や工芸品の題材としても好まれました。永敬の「十二ヶ月花鳥図屏風」も、この和歌集に基づいて制作されたと考えられます。
永敬は、なぜ定家の和歌を題材に選んだのでしょうか。一つには、定家の和歌が、自然の美しさや季節の移ろいを繊細な表現で捉えており、絵画化に適していたことが考えられます。また、定家の和歌は、当時の人々にとって教養の一つであり、和歌を題材とすることで、鑑賞者の教養心をくすぐる効果もあったでしょう。さらに、定家自身、和歌に深い造詣を持つだけでなく、書や絵画にも優れた才能を発揮した人物でした。永敬は、こうした定家の多才さに惹かれ、その和歌の世界を絵画で表現しようとしたのかもしれません。
屏風は、和歌の世界観を視覚的に表現しており、和歌に詠まれた花鳥を忠実に描写することで、和歌のもつ情緒や季節感を巧みに描き出しています。例えば、一月の梅と鶯の組み合わせは、早春の訪れを告げる喜びを、十月の紅葉と雁の組み合わせは、秋の深まりと哀愁を表現しています。このように、屏風は和歌と密接に結びつくことで、単なる花鳥図を超えた、深い文学的な意味合いを獲得していると言えるでしょう。
象徴性と季節感
「十二ヶ月花鳥図屏風」には、花鳥の描写を通して、様々な象徴性や季節感が表現されています。例えば、梅は春の訪れと忍耐、菊は長寿と高貴さ、鶴は夫婦円満と長寿など、それぞれの花鳥には吉祥的な意味合いが込められています。また、四季の移り変わりは、生命の循環や時間の流れを象徴しているとも考えられます。さらに、屏風全体に広がる金地は、光や神聖さ、そして浄土の世界を象徴し、花鳥図に荘厳な雰囲気を与えています。
特に注目すべきは、各月の花鳥の組み合わせが、当時の社会や文化と深く結びついている点です。例えば、六月に描かれている牡丹と小豆は、いずれも豊かさや繁栄を象徴するモチーフであり、五穀豊穣を願う当時の農耕文化と関連づけることができるでしょう。また、十二月に描かれている鶴は、長寿や夫婦円満を象徴するだけでなく、当時の支配階級である武家にとって、権威や武運長久の象徴としても重要な意味を持っていました。このように、屏風の花鳥は、単なる装飾的なモチーフとしてではなく、当時の社会や文化を反映した象徴的な意味を担っていたと言えるでしょう。
当時の文化と社会との関連性
江戸時代は、武家社会が確立し、平和な時代が長く続きました。そのため、文化や芸術が発展し、庶民の間にも文化的な関心が高まりました。元禄時代(1688~1704年)には、経済が発展し、町人文化が花開きました。人々は、歌舞伎や人形浄瑠璃などの娯楽を楽しみ、浮世絵や洒落本などの新しい文化を生み出しました。こうした時代背景の中で、絵画もまた多様な展開を見せました。
特に、花鳥図は、その装飾的な美しさから、武家や裕福な町人の間で人気を博しました。永敬の「十二ヶ月花鳥図屏風」も、こうした時代の流れを反映した作品と言えるでしょう。武家や裕福な町人は、花鳥図を屛風や襖絵として自らの邸宅に飾り、その美しさを鑑賞することで、日々の暮らしに潤いを与え、また客人をもてなしました。さらに、花鳥図に描かれた吉祥的なモチーフを通して、家の繁栄や一族の安泰を願ったとも考えられます。
また、屏風は、和歌や古典文学との関連性も深く、当時の教養人の教養を反映した作品でもありました。永敬は、定家の和歌を題材とすることで、屏風に文学的な奥行きを与え、鑑賞者に和歌の世界を想起させています。これは、当時の教養人が和歌や古典文学に精通していたことを示すとともに、絵画と文学が密接に結びついていたことを示す好例と言えるでしょう。
狩野永敬筆「十二ヶ月花鳥図屏風」は、藤原定家の和歌に基づき、四季折々の花鳥を精緻に描いた、江戸時代前期を代表する花鳥図です。本屏風は、狩野派の伝統的な画法を継承しつつ、永敬独自の表現によって、花鳥の美しさ、和歌の情緒、季節の移ろいを見事に表現しています。また、吉祥的な意味合い、生命の循環、時間の流れなど、多層的な象徴性を含んでいる点も特徴です。さらに、当時の文化や社会との関連性を考察することで、本屏風が江戸時代の美意識や教養を反映した作品であることが明らかになりました。
永敬は、定家の和歌を題材に選ぶことで、屏風に文学的な深みを与え、花鳥の描写を通して、当時の社会や文化、人々の願いを表現しました。金地を背景に、鮮やかな色彩で描かれた花鳥は、見る者に季節の移ろいを感じさせるとともに、吉祥や繁栄、長寿など、様々な願いを込めたメッセージを伝えています。
全体図(正月~6月)

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正月、二月
正月(図 右側) 柳 うちなびき春くる風の色なれや日をへてそむる青柳の糸
二月(図 左側) 櫻 かざし折るみちゆき人のたもとまで櫻ににほふきさらぎのそ

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三月、四月
三月 (図 右側) 藤 ゆくはるのかたみとやさく藤の花そをだにのちの色のゆかりに
四月 (図 左側) 卯花 白妙の衣ほすてふ夏のきてかきねもたわにさける卯花

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五月、六月
五月 (図 右側) 廬橘 ほととぎすなくや五月のやどがほにかならずにほふのきのたち花 (廬橘とは、金柑説、夏蜜柑説、橙説があるようです)
六月 (図 左側) 常夏 大かたの日かげにいとふ水無月のそらさへをしき常夏の花 (常夏とは、撫子のこと)

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全体図(七月~十二月)

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七月、八月
七月 (図 右側) 女郎花 秋ならでたれもあひみぬ女郎花契りやおきし星合のそら
八月 (図 左側) 鹿鳴草 秋たけぬいかなる色とふく風にやがてうつろふもとあらの萩 (鹿鳴草とは、萩のこと)

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九月、十月
九月 (図 右側) 薄 花すすき草のたもとのつゆけさをすてて暮れゆく秋のつれなさ
十月 (図 左側) 残菊 十月しもよの菊のにほはずは秋のかたみになにをおかまし

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十一月、十二月
十一月 (図 右側) 枇杷 冬の日は木草のこさぬ霜の色を葉かへぬ枝の花ぞまがふる
十二月 (図 左側) 早梅 色うづむかきねの雪のころながら年のこなたに匂ふ梅が枝

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参考/引用
十二ヶ月花鳥図屏風 じゅうにかげつかちょうずびょうぶ - ColBase
十二ヶ月花鳥図屏風 じゅうにかげつかちょうずびょうぶ - 文化遺産データベース