江戸の粋、朝顔の美:「朝顔三十六花撰」に見る嘉永の文化
- JBC
- 2023年7月28日
- 読了時間: 5分
更新日:1月12日

江戸時代、特に文化・文政期(1804~1830年)と嘉永・安政期(1848~1860年)に、朝顔は空前のブームを巻き起こしました 。人々は、その花の色や形の多様さに魅了され、競い合って珍しい品種を作り出しました。このような朝顔ブームの中で、嘉永7年(1854年)に出版されたのが「朝顔三十六花撰」です。本稿では、「朝顔三十六花撰」を通して、嘉永年間の文化や人々の美意識を考察し、図譜が現代に伝えるメッセージを探ります。
「朝顔三十六花撰」の概要
「朝顔三十六花撰」は、嘉永7年(1854年)に刊行された朝顔図譜です 。幕臣で陸軍奉行を務めた横山正名(万花園主人)が撰者となり、服部雪斎が絵師を務めました。本書は、詩歌の三十六歌仙に倣い、36品種の優れた変化朝顔を精緻な筆致で描いています 。その中には、現在では失われた黄花品種も2点含まれています 。序文は、旗本の鍋島直孝(杏葉館)が記し、出版は、杏葉館・横山万花園により行われました 。
当時の朝顔ブームは、文化・文政期に続く2度目のブームでした。最初のブームでは、八重咲きや大輪の花が中心でしたが、嘉永・安政期のブームでは、より珍奇な変化朝顔に人気が集まりました 。 「朝顔三十六花撰」は、このような時代の変化を反映し、当時の最高傑作と評されています 。
「朝顔三十六花撰」に描かれた朝顔
朝顔は、ヒルガオ科サツマイモ属の一年草で、熱帯アメリカ大陸が原産地であるという説が有力です 。奈良時代末期か平安時代に、中国から日本に伝来したとされています 。当初は薬用として用いられていましたが、江戸時代に入ると観賞用として栽培されるようになり、品種改良が盛んに行われました。特に江戸時代後期には、突然変異を利用した品種改良が盛んに行われ、花の色や形だけでなく、葉の形や模様も変化に富んだものが数多く生み出されました 。幕末には約1200系統が作られたといわれています 。
「朝顔三十六花撰」には、このような多種多様な朝顔が描かれています。例えば、「松の雪」は、鮮やかな紺青色の縞模様が、まるで夜空に流れる天の川のように美しい品種です。花筒の白い部分とのコントラストも素晴らしく、江戸時代の人々の高い審美眼を感じさせます 。また、「新世界」は、浅葱色の霞覆輪で、覆輪が深く、その名の通り、新しい世界を切り開いたかのような斬新な美しさを持つ品種です 。これらの朝顔は、いずれも江戸時代の人々によって品種改良されたものであり、その技術の高さが伺えます。
「朝顔三十六花撰」の芸術的価値
「朝顔三十六花撰」は、植物図譜としての価値だけでなく、文学的・芸術的価値も高い作品です。服部雪斎の精緻な描写は、朝顔の美しさを余すところなく表現しており、当時の絵画技術の高さを示しています 。 また、花銘の付け方や、鍋島直孝による序文など、文学的な要素も含まれており、当時の文化人の教養の高さが伺えます 。
また、朝顔の品種を、花の色や形、葉の特徴などを組み合わせて命名しています。例えば、「青雅」は、青い花と雅な花形を併せ持つことから名付けられました 。 また、それぞれの品種には、詳細な解説が添えられており、花弁の形状や模様、葉の特徴などが事細かに記されています 。 このように、「朝顔三十六花撰」は、植物図鑑としての役割だけでなく、芸術作品としての美しさ、そして文学作品としての奥深さを兼ね備えた、他に類を見ない作品と言えるでしょう。
「朝顔三十六花撰」と江戸の文化
「朝顔三十六花撰」が出版された嘉永年間は、江戸幕府の末期にあたります。ペリー来航(嘉永6年)により、日本は開国の危機に直面し、社会は大きく揺れ動いていました 。 しかし、このような時代にあっても、江戸の人々は文化や芸術を楽しむ心を失いませんでした 。
江戸時代の人々は、朝顔の fleeting beauty にも深い美意識を見出していました。朝顔は、早朝に咲き、昼にはしぼんでしまう儚い花です。しかし、その儚さの中にこそ、彼らは生命の尊さや、一瞬の輝きの大切さを感じ取っていたのではないでしょうか。「朝顔三十六花撰」は、このような江戸時代の人々の美意識を反映した作品と言えるでしょう。
また、「朝顔三十六花撰」に見られる朝顔の多様性は、当時の「粋」の精神とも深く関わっています 。「粋」とは、洗練された美意識や、他人とは違う個性的なスタイルを追求する精神です。江戸時代の人々は、変化朝顔を作り出すことを通して、この「粋」を競い合っていたと言えるでしょう。
さらに、当時の浮世絵にも描かれたように、朝顔は、江戸の町人たちの生活に深く根付いていました 。朝顔売りが朝顔の植木鉢を町中で売り歩く光景は、夏の風物詩として、人々に親しまれていました。 「朝顔三十六花撰」は、このような時代の流れの中で生まれた、江戸の文化を象徴する作品と言えるでしょう。
「朝顔三十六花撰」は、嘉永年間の文化や人々の美意識を現代に伝える貴重な資料です。この図譜から、私たちは、江戸時代の人々が自然の美しさに目を向け、それを慈しむ心を持っていたことを知ることができます。また、変化朝顔の多様性は、現代社会における多様性に通じるものがあり、私たちに重要なメッセージを伝えていると言えるでしょう。
「朝顔三十六花撰」は、単なる植物図譜ではありません。そこには、 fleeting beauty への愛着、細部へのこだわり、そして「粋」の精神が凝縮されています。これらの価値観は、現代社会においても、私たちが忘れかけている大切なものを思い出させてくれるのではないでしょうか。
『朝顔三十六花撰』、万花園主人//撰、服部雪斎//画、嘉永7年(1854)国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1286913
参考/引用
アサガオ画像データベース : 系統と遺伝
朝顔三十六花撰(嘉永7-1854)
朝顔三十六花撰 | NDLサーチ | 国立国会図書館
アサガオの園芸史
江戸・明治の朝顔ブームと書物 | NDLイメージバンク | 国立国会図書館
朝顔と園芸文化 ~園芸文化賞と園芸文化協会~ | 植物とあなたをつなぐPlantia
江戸期の文献(図譜)にみるアサガオの突然変異体