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花開く百の麗姿:永斎筆『花菖蒲図譜』

  • 執筆者の写真:  JBC
    JBC
  • 2024年5月12日
  • 読了時間: 6分

更新日:1月27日


国立国会図書館デジタルコレクションに収蔵されている永斎//写『花菖蒲図譜』,写. (以下、『花菖蒲図譜』と表記) は、およそ100種類の花菖蒲が描かれた美しい図譜です。明治38 (1905) 年には帝国図書館の蔵書であったことは確認できますが、作成時期や作者に関する詳細は不明です。本稿では、(1) 作成時期と作者、(2) 収録されている花菖蒲の種類と特徴、(3) 作成目的と背景、(4) 芸術的・文化的価値、(5) 類似資料との比較検討、の5点について調査した結果を報告します。   



(1) 作成時期と作者


『花菖蒲図譜』の作成時期は不明です 。しかし、明治38 (1905) 年には帝国図書館の蔵書であったことから 、少なくとも明治時代以前、あるいは明治時代初期に作成されたと推測されます。   


作者については、「永斎」という印章があること以外、詳しい情報はありません 。この「永斎」は、江戸時代後期の紀州藩医・坂本順庵の長男で、本草学者、画家としても活躍した坂本浩雪 (1800-1853) の号の一つである可能性があります 。坂本浩雪は、父から医学を、曾槃から本草学を学び、狩野派に学んだ後、華島雪亭に師事しました 。本草学的な見地から植物の写生画を得意とし、特に桜の絵で知られ、「浩雪の桜」と称されました 。『桜花譜』、『菌譜』、『躑躅譜』など、多くの植物図譜や本草学に関する著作を残しています 。   


もし『花菖蒲図譜』の作者が坂本浩雪であるならば、本草学者としての知識に基づいた正確な描写と、画家としての高い技術が融合した作品である可能性が高まります。しかし、現時点では、『花菖蒲図譜』の作者が坂本浩雪であると断定できるだけの証拠はありません。



(2) 収録されている花菖蒲の種類と特徴


『花菖蒲図譜』には、多種多様な花菖蒲が描かれています 。国立国会図書館デジタルコレクションのデジタル画像からは、具体的な種類や特徴を読み取ることはできませんでしたが 、巻頭の目次画像から収録されている花菖蒲の種類を特定できました。また、類似する他の資料  から、花菖蒲には以下のような種類と特徴があることがわかりました。   


『花菖蒲図譜』収録一覧


| | | | | | |---|---|---|---|---| | 笑ひほてい | 昇龍 | 初霜 | 鳴靍 | 瀧澤 | | 江戸鏡 | 龍玉 | 潮の煙 | 銀玉 | 熊奮迅 | | 笑合の雪 | 仙女の洞 | 初鴉 | 酔美人 | 紅葉の瀧 | | 時雨 | 濡燕 | 五節舞 | 青龍刀 | 大盃 | | 奥万里 | 湖水の色 | 子町娘 | 千歳 | 松ヶ枝 | | 深窓佳人 | 朝神楽 | 雲の上 | 美吉野 | 白糸の滝 | | 萩の下露 | 鶴の毛衣 | 相生 | 潮来 | 鬼ヶ島 | | 雨後の空 | 他多数 | | | |


花菖蒲の種類と特徴

  • 花色:白、青、紫、ピンク、黄色など、多様な色があります 。色の配置も、「単色、吹っかけ、覆輪」など、変化に富んでいます 。   

  • 花形:花被片の枚数によって、三英花、六英花、八重咲きなどに分けられます 。また、花被片の開き方によって、平咲き、垂れ咲きなどがあります 。   

  • その他:花菖蒲の花は、花びらの中心から黄色いすじが入ることが特徴です 。葉は細く、くっきりとした脈が隆起しています 。   

花菖蒲の種類

花色

花形

その他の特徴

出典

愛知の輝

クリーム黄色

三英

小輪、弁元の目のまわりは褐色の縁取り


葵の上

薄い紅紫色

三英

中輪、鉾と芯は紅がかる紫色に白糸覆輪


揚羽

紅紫色

三英

中輪、芯の白さが目立つ


朝日空

薄い藤紫色

三英

小中輪、垂れ咲き


葦の浮舟

白地に紫の脈

六英

極大輪


伊豆の海

ブルー

三英

中輪、多花性種


宇宙

浅葱(藤紫)

八重

中輪、半八重~八重咲き、葉身に凸凹のうねり


追風

白地に紫の細脈

三英

中輪、芯と鉾は紫に白糸覆輪


霞の衣

淡い藤色

六英

大輪


金鶏

黄色

三英

小輪、赤褐色の脈


駒繋

濃いピンク

三英

中輪


   


(3) 作成目的や背景


『花菖蒲図譜』の作成目的や背景は、資料からは明らかではありません 。しかし、花菖蒲は江戸時代から園芸品種として改良が進められ、多くの品種が作出されてきました 。文化・文政期 (1804-1830) には、花菖蒲の栽培が一大ブームとなり、多くの図譜が出版されました 。   


この頃の江戸では、旗本・松平定朝(菖翁)が、300種を超える花菖蒲を作出し、その美しさで人々を魅了しました 。菖翁は「花菖培養録」を著し、花菖蒲の栽培方法や品種改良の技術を広く普及させました。また、庶民の間でも、花菖蒲を愛でる文化が根付き、各地に菖蒲園が作られました。   


『花菖蒲図譜』も、こうした流れの中で、花菖蒲の多様な品種を記録し、後世に伝えるために作成された可能性があります。また、当時の園芸ブームを反映し、観賞用としても制作されたと考えられます。



(4) 芸術的価値や文化的価値

『花菖蒲図譜』の芸術的価値は、花菖蒲の精緻な描写に表れています 。花弁の微妙な色合いや、葉の細かな模様まで丁寧に描かれており、作者の高い画力を感じさせます 。また、構図や色彩のバランスも美しく、観賞用としても高い価値を有しています。   


具体的には、花弁の筋や色の濃淡、葉の湾曲や質感などが、繊細な筆致で表現されています 。また、背景には余白を多く取り、花菖蒲の美しさを際立たせています 。   


文化的価値としては、当時の園芸文化を反映した資料である点が挙げられます 。花菖蒲は、江戸時代から品種改良が盛んに行われ、多くの園芸品種が作出されてきました 。『花菖蒲図譜』は、こうした花菖蒲の歴史を知る上で貴重な資料と言えるでしょう。   



(5) 類似資料との比較検討


『花菖蒲図譜』と類似する資料としては、以下のようなものが挙げられます 。   


  • 三好学の花菖蒲図譜:植物学者・三好学 (1862-1939) のもとで作成された図譜 。画家・画工の佐藤醇吉 (1876-1958) が、花菖蒲を写実的に描いています 。   




  • 菖蒲図譜:幕末から明治期の本草学者・伊藤圭介 (1803-1901) が収集した伊藤文庫に含まれる図譜 。   

  • 牡丹花譜:牡丹の花を描いた図譜 。   


これらの資料と比較すると、『花菖蒲図譜』の特徴は以下の点が挙げられます。


  • 作者や作成時期が不明である点。

  • 花菖蒲の種類や特徴に関する記述が少ない点。

  • 図譜としての完成度が高い点。


特に、三好学の花菖蒲図譜と比べると、『花菖蒲図譜』は花菖蒲の解説がほとんどありません 。これは、『花菖蒲図譜』が、図鑑のように花菖蒲の知識を網羅的に伝えることを目的としたのではなく、あくまでも観賞用として、その美しさを視覚的に表現することに重点を置いていたためと考えられます。   



結論


『花菖蒲図譜』は、作者や作成時期など不明な点が多いものの、花菖蒲を精緻に描いた美しい図譜です。芸術的・文化的に高い価値を有しており、今後の研究が期待されます。

『花菖蒲図譜』は、江戸時代における花菖蒲の隆盛を反映した作品であり、当時の園芸文化や美意識を理解する上で重要な資料です。また、花菖蒲の多様な品種を後世に伝えるとともに、その繊細な美しさで人々を魅了し続けています。





永斎//写『花菖蒲図譜』,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1286969







参考




花菖蒲図譜(永斎) | NDLイメージバンク | 国立国会図書館


コラム 紀州の画家紹介 28 坂本浩雪(さかもとこうせつ) - 和歌山県立博物館


品種一覧 | 花菖蒲(ハナショウブ)図鑑 | 玉川大学農学部 ... - 玉川学園


江戸系品種群 - 日本伝統の園芸植物「花菖蒲」の魅力に迫る! | 玉川大学農学部教授 田淵俊人


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